yasui2226のブログ

自作の小説を置いてます

再現度80%

習作1 ・テーマを決めてそれに沿う自論展開
    ・人のクローンを狩る娯楽、反抗する記者の話です

 

 

 「どうだった、今日。俺は3人」

「まずまずってとこか、俺は2人だな。あーあ、10人も狩ってる奴なんてどうやってんだろうな。6分で1人だぜ?とても人間業と思えないね」

夜の喧騒が騒がしい繁華街の一角、大柄な男と細身な男の2人組がドーム状の建物を出るとこちらへ歩いくる。
2人の声は大きく、幾分か離れているこの場所からでもその話はよく聞こえる。2人ともハントの帰りのようだ、大丈夫そうだな。聞く相手を間違えるヘマだけはやらかしたく無い。

「そりゃあれだよ、性能の良い銃を使ってるとか、何とか。結局何するにしても金だよなぁ。こんな娯楽1つ取ってみてもよ」

盛大なため息を吐き出しつつ細身な男は応じた。
クローン技術が確立され、人間が行ってきた労働が彼らに任されるようになるにつれ、人々は無理に働かずとも生活出来るようになっていった。殆どの仕事をクローンが賄う現在では人は配給金で日々を過ごしている。ただ、働かなくてよくなったと言うだけで更に金が欲しかったり、働きたかったりすれば人は比較的簡単に雇ってもらえる。

「金かぁ……。ならよ、思い切って働くか?日雇いなら手っ取り早く金を稼げそうだし。スナイパーライフルとか使ってみたいよな、やっぱり」

「いいけどお前それ、あいつらと一緒に働くって事だぜ、限度があるだろ。いくら楽に稼げるからって人としてのプライドってもんは捨てられないよ」

それもそうだな、と大柄な男が同意を示すように大きく頷いたタイミングで俺は立ち上がった。
既に2人は目と鼻の先だ、建物を出て左にしばらくの所を歩いていた2人を呼び止める。怪訝そうな顔をする2人だが、俺が記者で取材をさせて欲しいと言うと案外簡単に了承してくれた。
俺は黒縁メガネをぐいと上げ、グシャグシャの頭に載せると自己紹介から始めることにした。

「お忙しい所をすいませんね。お2人は先ほどハント場から出て来ましたよね?
俺は雑誌レ・パントで『人とクローンの平等性』についての記事を書かせてもらってます、安井 弘です」

20年前に確立されたクローン技術は、それに関する法律がしっかりと制定されないままに社会に浸透し、今や日常のあらゆる所に溶け込んでいた。
「ハント場」は世論の過半数が賛成に傾いたことで解禁された「クローン・ハント」の実施会場の俗称だ。
クローン・ハントはゲームさながらの舞台でハントを楽しめるという、二ヶ月前から始まったスポーツだ。競技人口は既に500万人を突破している。
開始前から散々議論が繰り返されたが、いざ実施となると想定されたほどの反発はみられなかった。既に社会的に受け入れられつつあるというのがその理由だろう。
俺はそんな社会が許せず、記者になった。報道関係や警察機関など個人情報に踏み込む仕事は多くの人が嫌悪感を示すことからクローンは採用されず、事務作業以外全てを人が行なっている。
ただ、いくら金払いが良いとはいえこんな仕事を続けるには俺のように何かしらのモチベーションでも無ければなかなか難しい。

「クローン・ハントについてどう思っていますか?仮にも人が人を殺しているわけですが?」

「君、俺たちがハントをやってるから声をかけたんだろ?分かりきった答えで悪いが大いに楽しませてもらってるよ。社会的にもプラスになってるんじゃないか?
クローン・ハントが始まってから衝動的な殺人事件がめっきり減ったとか何とか、よくニュースでやってるだろ。大体、肯定してなきゃこんな事やんないよ」

大柄な方の男が答える。俺はペンに髪をクルクルと巻きつけながらメモを取った。
幼い頃からの癖だが、どうも2人への印象は悪かったらしい。そろって露骨に顔をしかめている。

「そうですか。じゃあ人を殺す事に躊躇はないんですね?もしくはやっているうちに無くなったとか。そんな事をいちいち考えながらはやってないですよね?」

俺の物言いに少々苛立ったのか細身な男が乱暴な声色でそれに答えた。

「あんた、NOC(Neighbor of clones )所属か?俺たちから何を引き出したいのか知らないけど今更クローンの人権を主張しようとしてるんなら諦めた方がいいと思うぜ」

少しムッとしたが、これでも俺は記者の端くれ。気持ちをスッと押し込むと何食わぬ顔で曖昧に微笑む。男は構わず話を続けた。

「大体、ハントなんてのは昔から認められてるんだ。古くはアメリカ人の鹿撃ち、アフリカでの象牙狩り。一昔前の貴族なんてライオンの狩猟なんかもやってたらしいぜ。当時から絶滅を危惧されてたライオンでもクローン技術で増やした個体については狩りを黙認されてたんだ。
記者さんよ、俺が何を言いたいか分かるかい?思うにこれは、当時から既に国や社会がクローンはオリジナル程の価値がない事を認めていたって事なんだよ。昔から結論の出ていたことだ、お前やNOCが今さらなにを言おうと無駄なんだよ。それにNOCなんて組織、ああいうのは結局自分の道徳観とかそういう勝手な理屈を他人に押し付けて自己満足を得たいだけの連中だ、ついててもいい事ないぜ。
まぁ要するにだ。例え人に近いものであったとしても人は人、クローンはクローンだこの壁は越えられないよ。
あんたもこんな意味ない取材さっさと辞めたらどうだ、『人とクローンの平等性』についてだっけ?正直、そんな記事誰も読まないと思うぜ」

俺の反応を確かめる為か、男はゆっくりと最後の言葉を吐いた。

「だってそうだろ、クローンだぜ?死んで誰かが悲しむか」

心なしか男の口元は薄くニヤついているように見える。悪びれもせずにそんな言葉を口にする心が俺には理解できなかった。短い取材になってしまうが、ここら辺で打ち切ろう。

「貴重なご意見ありがとうございました、取材へのご協力感謝いたします。では、私はこれで」

そう言うと俺はさっさとその場を離れる。背中には男たちの遠慮の無い言葉が突き刺さる。

「ハッ図星だったのかよ、反論もせずにつまんねぇやつだな」

「まぁまぁ、そう意地の悪いことを言ってやるな。立場上、公正な意見を持ってなきゃダメなんだろ。じゃねえとわざわざこんな全面肯定派の意見なんぞ聞きにこねぇさ」

それもそうだな、と笑い合う2人。俺は怒りのこもった目で振り返ったが、記者としての自分の立場を思い出し、逃げるように走り出した。男たちは顔を見合わせるとハンと鼻で笑った。

 

 

2人の男を取材してから一夜明けた昼。俺はクローン・ハント反対派の意見をまとめるため、NOCの組織員の元を訪れていた。

「クローン・ハントについてどう思っているか、か。定型だね……。私は仮にもNOC所属だからねぇ無くなるべきと思っている、と言っておこうか。人が人を殺すんだそれが当たり前の感覚だよ。
だがまぁ肯定派は何かと理由をつけては正当化してるんだろうな。あんな物は詭弁だよ、自分たちが狩りを楽しむための屁理屈にすぎない。大体、クローンの人権以前の問題だろう、娯楽のための人殺しなんて。連続殺人鬼と同じ理屈だ、そう思うだろう?」

俺は熱心に頷く。昨日の2人と比べ、なんという人格者だろうか。

「それなのに今の状況はどうだ?あいつらは認められ、異端者はむしろ我々の方だ。
異常だよ、この社会は。命を弄ぶ行為など流行らせていいはずがないんだ!
少なくとも昔はこうじゃなかった。人も、社会もまともで……政府がメディアを利用して、国民の倫理観を狂わせるまでは全部、まともだったんだよ」

男は卓に拳を叩きつける。かなり興奮しているのが分かった。慌てて卓に置いてあったコップを差し出す。男はもぎ取るようにコップを掴むとその勢いのまま中の冷水を一気に飲み干した。
少しは落ち着いたのかホッと息をつくと今度は静かに話し始めた。

「取り乱したね、すまない。私の主張としてはこんな所かな。だがまぁこれが時代の流れと言うのなら受け入れるしかないのかもしれないな。
人の細胞は日々生まれ変わりいつのまにか全く新しい体に変わっている。それと同じだよ。最近のNOCに対する社会の反応は知っているだろう。私たちの活動もそろそろ限界かもしれない。
結局、人類は歴史を繰り返すのさ。奴隷制がやっと過去のものになったと思ったらこれだ。案外人は常に見下せる存在を求めているのかもな」

俺はその後も取材を続け、予定していた2時間をしっかりと使い切った。
満足した気分で帰途につく時、ふと昨日の男の言葉を思い出した。

NOCの奴らは自分勝手な理屈を押し付けてくる、だったかな?ははっそれはそっくりあいつらの事だろうに」

何となく気になる言葉だったが俺を混乱させるためにでも言ったのだろう。気にしない事にした。
午後は事務仕事に追われた。明日が、ハント場への直接の取材日ということもあり事前準備に手間取っていたのだ。

 

 

夜、仕事でクタクタになった俺は久しぶりに馴染みの居酒屋に入った。
ここの店主は少し耳が遠いのだろう、いつ来てもTVの音量が気になってしまう。

「おっさん、久しぶり。いつもの頼むよ」

自然、客や店主の声は大きくなる。ここはいつも活気に満ちていた。

「おぉ、あんたか。最近忙しかったのかい?全然顔を見せなかったじゃないか。
頼むぜ、ここの売り上げはあんたら常連連中が支えてるんだからよ。
クローン連中は全員、協同生活所で飲み食いしやがるから全然客を掴めねぇんだ。
まぁ、ただしあんたは常連さんの中じゃ一番程度の低い金ヅルだがね。居酒屋に来て酒よりも烏龍茶の方をよく飲むってのは本当、店泣かせの飲み方だよ」

このおっさんは、客と話しているのが楽しいと言う理由からクローンが派遣されてもそれを断り、ずっと店を経営しているというちょっとした変わり者である。

「あはは、ごめんな。ハント場ができたから俺の仕事も本格的に忙しくなってさ……。それにこれも美味いもんだぜ?酒と一緒に飲む飲み方もあるけどやっぱり俺は別に飲んだ方がいいな」

烏龍茶を俺に手渡しつつ、おっさんは話す。

「頼むぜぇ、まったく……まぁ仮にクローン達が外で飲み食いする様になっても俺の店には来て欲しくないがね」

「それはまたどうして?おっさん誰とでも面白そうに話してんのに」

「いや、あいつら感情がないだろ。そんなの、中身の無い無機質な人形とおんなじさ。人と話すってのは少なからず感情の起伏がある、人間様と比べるべくも無いよな」

おっさんの言葉からNOCの男の言葉が少なからず今の状況に当てはまっていることがよく分かる。

「そういえばおっさんはクローン・ハント、どう思う?世論は二分されてるけどさ」

「世論が二分ってお前それ全部NOCだろう?あの連中も何を考えてんのかねぇ、クローンに肩入れしたって何の徳もないだろうに……
あぁ、すまんすまん。クローン・ハントをどう思うか、だったか?別にどうも思わんよ。さっきも言ったが俺にとってクローンなんて動いてる人形と同じだ。流石にハント自体をやろうとは思わないが、NOC連中の言う命の冒涜行為という言葉にはかなり疑問があるね。
クローンと人を同じに見てるだろ?意味が分からないな」

その後も下らない話を織り交ぜながら取材まがいの俺の質問は続く。
だが結局、おっさんも他と同じクローンの非擁護派だとわかっただけだった。
俺はそこそこに切り上げると明日のために早く寝る事にした。

 

 

一夜明けた木曜日。俺は定休日のハント場を訪れた。
ここは外部をドーム状の建物に囲われており分かりづらいが、内部に小さいながら街がある。ここを逃げるクローン達を銃火器や己の戦略で追い詰めて狩っていくのがクローン・ハントである。
ここ以外にも全国にハント場はあり、飽きがこないよう、街は全て違う作りになっている。そのため、わざわざ全国のハント場を回るファンもいるほどでその人気ぶりが伺える。
また、この施設は外部にいる責任者達を除けば全てがクローンの手で運営されている。俺としては多少無理なことを聞いても大丈夫、という印象だった。


受付に取材に来たと伝えると裏口から中へ案内された。どうやらドームは小規模の街とそれを取り巻く管理室等々の部屋、双方を囲むためのものだったらしい。俺は比較的ハント場の街に近いと思われる部屋へ通された。程なく、取材を受ける『標的』クローンと、監視者と思われる会場運営のクローン、計2人が部屋に入って来た。
この社会におけるクローンは、全てラノクロク社の『複製自律人体』を指す。人と全く同じ体と能力を持った彼らは労働力として非常に重宝されている。
また、クローンに労役の全てを任せる為、彼らに感情はない。だからこそ、彼らは奴隷のように扱われても何の不満も持たないのだし、仲間が殺されるゲームも簡単に運営できるのだ。

「レ・パントの雑誌記者、安井 弘と申します。今日は取材の方、よろしく」

俺が差し出した手を運営側のクローンが固く握り返す。

「丁寧にどうも、こちらこそよろしくお願いします。ただ、私は取材の様子を見学させていただくだけで実際の受け答えは彼が担当します」

隣の男と共にぺこりと頭を下げる。だが、愛想笑いもなければ、こちらへ微笑みかけることもない。ただ無表情な顔でじっと俺を見つめる。
どうやら感情が無いというのは本当らしいな。俺は少し気味悪く思いながらも質問を始めた。

「世間では、ハントの賛否の他に競技者の安全にも不安の声が上がっています。
自分たちが殺されるんだ、ただ逃げるだけではなく血迷った個体などは人に反撃を加えようとするのでは無いか、と。
あなた方クローンに感情が無いという話は本当なのでしょうか」

標的の男は訝しむような動作をした。いや、実際はそぶりだけだろう表情は相変わらず何の感情も読み取れない無表情のままだ。

「その質問を私に聞かれても答えかねますね。感情というものをそもそも教育されていません。無いと答えたいところですが実際どんなものかを知らない以上、はっきりと肯定することはできません」

「ただ、我々を作った研究者たちはいつも口にしていました
お前たちはアンドロイドとは違い100%同じ人間を作るつもりで作られた。だが何処かが違う、何かが足りない。これでは再現度80%、人の形をした動物にすぎない。
と。我々はそれが何かを知ることは有りませんでしたが、その残り20%がその『感情』を指すのならばそういうことなのでしょう。
所詮、我々は『人間』の出来損ない、失敗作なのです」

自虐的に締めくくった彼の目は今までと違い何かを訴えているかのように写った。どこか寂しそうな、それでいて暗くなりすぎない。彼の目の中に俺が吸い込まれていくようだった。
思いの外長く見すぎたのか彼が少しばかり身動ぎをする。俺は慌てて次の質問に移った。

「本人に聞くのも変だとは思うんですが……。クローン・ハントについてどう思っていますか?
いつかはこのゲーム内で殺されるからやはり嫌なんじゃないですか?」

「そんな事はありませんよ」

しばらく返答に時間がかかると予想していたのだが、答えはすぐに返ってきた。やはり、自分の身に関わる事だからだろうか日頃から考えているのかもしれない。

「私や他の仲間たちは全員、何らかの『役割』を持って作られ、産まれてきます。
隣に座る彼にはこの場所の運営、私にはハントの標的として逃げ回る事。何も嫌な事はありませんよ。それに」

彼の話す声を聞きながら俺は違和感を感じていた。先程からこのクローンはまるでプログラミングされたアンドロイドのような受け答えしか、していない気がする。
型にはまっているのだ、個人の考えというよりも企業の説明会を聞いている気分だ。
そういえば、と思い至る。こいつもさっき言っていたではないか、“我々は『教育』されている”と。
もしも、彼らが感情を持っているのにそれを押し殺すよう教育されているとしたら?
突然浮かんできた考えに俺は体中の血液が熱く巡る感覚を得た。久しぶりに面白いネタの予感がする。そうだ、こいつらは感情を持たないんじゃない。持たないように、動物のように扱えるように教育されてるんだ。

そもそもこいつらを作った研究者たちの言う100%人間らしい人間とはなんなのか。仮に人間らしい感情全てを持っている事と言うのならば俺は人間ではない。
他人への憐れみの心などないし、あまり大きな怒りを覚えたこともない。だがそれは俺に限ったことではないだろう。
皆、何かしらの感情が無いに決まっているし完全に持っているやつの方が不自然だ。むしろ欠けているくらいが丁度いいのだ。再現度80%、良いじゃないか。
俺は確信した、こいつらは感情を持っている立派な『人間』に違いない。だが、そこを取材しようにもこいつらじゃ拉致があかないな。こいつらはあらかじめラノクロク社の都合の良い答えをするよう、『教育』されているのだろう。
俺の考えを裏付けるためには、どうしてもそれ用に教育されていないクローン。つまり、ハント場で実際に逃げ回っているクローンに話を聞く必要がある。

 

 

それからの俺の行動は素早かった。
後の取材を無難な1、2個で済ませると、そそくさと帰るフリをして部屋の外の物陰で2人を待った。
程なく、2人が部屋から出て来る。
俺は気づかれないよう、そっと後を追った。ハント場へ入る為の手順を確認しておきたかったのだ。
案の定、ハント場への扉にきた2人は特に何もしないままスッと扉を開け、中に入った。
少し、虚をつかれたがこれも『教育』の賜物なのだろう。
逃げる意思が彼らにない以上、厳重な封鎖は建物を覆うドームだけでいい。


それを確認した俺は、中から出てくる運営のクローンに見つからないよう、その場を離れた。
受付と実際に会った2人以外俺の事を人と知る奴はこの建物内には居ない、他のクローンとすれ違いながらも俺は堂々と歩いて行った。
そもそも、今日は施設が忙しくなる金曜前の定休日だ。施設にいるクローンの数は少ないし、居たとしても明日からの準備に追われとても俺の方を気にする余裕はなさそうだ。
確信した俺は、顔を覚えられないように注意をしながら建物内を一通り物色した。


終業時間までトイレに潜んでいた俺は、周囲の人気が完全になくなったのを確認すると再び行動に移った。
昼のうちに確認しておいたところ、『標的』のクローン達が皆着ているジャージのようなオレンジのつなぎは物置にまとめてあるらしい。
これに着替えていけばもし侵入したのが見つかっても簡単には俺を特定する事は出来ないだろう。
取材に必要なメモ帳とペンだけを取り出し、俺はハント場へ向かった。
案の定、扉は簡単に開いた。俺は照明の完全に落ちたハント場の中へ足を踏み入れる。

 

暗いハント場、辺りを見回していた俺は暗がりの向こうに人影を見つけた。

「おーい、誰かいるか?」

呼びかけると男が姿を現した。一目見てこいつは俺たちとは別物だと分かる。暗闇にぼんやりと浮かぶ黒目に生気がまるで無い。

「君、ここのクローンだよな。俺は人間の記者だ。取材させてもらっていいか?」

身体を槍で突かれたようにびくっと身体を震わせて男は俺を凝視する。懐疑的な眼だ、ここで人に会うのが不思議で仕方がないのだろう。
だがこいつは、俺の言葉を信じるしかない。他のクローン達が嘘をつかないのは明白だし、基本的に人には従う事になっている。

「ん?あぁ取材か、いいよ。こんな所に居るからな『人』と話す機会なんてほとんど無いだろうから……」

一瞬、間が空いた。と思えば言葉を選び出すようにゆっくりと、掠れた声で男の答えは返ってきた。
俺は軽く頷くと早速質問をぶつけ始めた。

「じゃあ聞くな。此処にいる以上、死ぬことなんて目に見えてるだろう。君たちクローンは感情を持たないそうだが、何の為に生きているんだ?ただ死を待つ生なんて俺にはとても想像ができないんだよ」

男はこちらを伺うようにしながら手をブラブラと動かす。手持ち無沙汰なのだろうか。

「さあ、何のためでもないんじゃないかな。生き物は子孫を残すために生き残ろうとするが俺たちにそう言った目的はない。
強いて言うなら仕事だから、かな。人と同じさ仕事をしろと命令され、仕事を与えられるからただこなす。
他の奴も言っているだろ?俺たちに仕事の優劣なんでないんだよ。元々生きる目的を与えられていないから」

「逆に俺からも聞きたい、あなたたちは何のためにクローン・ハントを始めたんだ。
俺たちからすれば作ったものをただ壊してるだけだ。何も生産性がない、人間の娯楽は大抵そうだが今回は度を超してる。
あんたらには倫理観とかいうものがあるんだろう、人の姿をした俺たちを殺して大丈夫なのか?」

嬉々として次を構えていた俺は少し固まってしまった。それほどにこの男の質問は唐突で、且つ意外だった。

「んん、まぁ確かにな。お前たちクローンは施設内で一度、人について学んでるんだってな?一般的な『人間』について。
常識的にはそうだよな、だけど中にはいるんだよ自分から進んで背徳感を味わいたいっていう変わり者が。シリアルキラーサイコパス、世の中は変人で溢れてるからな。殺人衝動を持つ奴なんてゴロゴロいるんだろうな」

「それに、そんな奴らがいなくてもバーチャルのゲーム内じゃ皆、人なんて普通に殺してる。お前らはそれと同じさ、人じゃない『標的』なんだよ。感情なんてそんなもんさ。沸々と湧き上がってくるけれど、割り切ってしまえば何も感じない。
まぁ、政府が倫理操作を行う前は結構居たらしいんだけどな、そもそものクローン家畜化への反対派が」

お互いに、黙ってしまった。仄暗いハント場はすぐそこにいる相手の表情すらもボンヤリと隠してしまう。
どうやら、俺は思い違いをしていたようだ。
元々、感情が無いと言われていたからだろうか。彼等が何も考えずに人に従っている弱者として取材を進めてきた。だが、こうして話して見るとこれ程印象が変わる。
クローン達からの目線で物事を見ていなかったな。すごく基本的な事だが、自分が相手を完全な人として認識してはいなかった為に失念していたらしい。

「協力ありがとう。君と話して大分考えが変わったよ。いい記事が書けそうだ。
そろそろここを出るよ、見つかって捕まったらたまらない」

俺はそっと、元来た道を辿り扉を目指す。扉をでたらどうやって外へ出ようか、入ることばかりで考えていなかったな。
この時間に出ようとすれば流石にここの警備システムも働くだろう。まぁ、行きと同じくトイレで始業時間が始まるのを待てばいいか。明日は金曜、従業員は忙しくて俺に構うどころでは無いだろう。
考えている間に扉の前まで来た。俺はノブを掴み力を込める。

ガチャンッ

硬い音が鳴り、俺の身体は冷たく追い返される。何故?開くはずだろう、行きと同じように。
すると、先ほどの男が追いついて来た。

「あぁ、やっぱり。そこから入ってきたのか。ダメだよ、ここの扉は午前零時に施錠されるんだ。ゲーム中に人の参加者が施設に迷い込まないように、って」

「なら、他の出入り口は?何か脱出できそうな穴でもいい、ないか」

頭の奥から黒い水が溢れる。どんどんこぼれて、底に溜まっていく。止まれ、止めろ、ここで固まってどうする。
大丈夫、俺はたまたま迷い込んで少しばかり悪さしただけの記者だ。ここで終わることなんて……。
いくら心構えをしようとも、男の言葉は深く刺さる。

「俺の知る限りそんな物は無いな……まぁ俺たちなら管理するやつも必要無いし、無駄にリスクを増やすようなこと運営がやらせないだろうな」

しかも、嘘ではないというのがはっきりと分かっているから余計にタチが悪い。
腹の中あたりで何かストンと落ちような感覚があった後、俺は力が入らなくなって膝から崩れ落ちた。

「ハハ、そうか。何の代償もなくここから出るなんて虫が良すぎたかな?」

男は崩れた俺に手を貸してくれた、感謝を述べながら俺は立ち上がる。

「とにかくここに居ても仕方がない。あなたもここで逃げ延びたいなら俺と来なよ、街の中の方が逃げやすい」

男に付いて歩く間に俺もある程度、覚悟はできた。
1日だ、1日経てば運営なりうちの会社なりが異変を感じて助けに来てくれるだろう。人の参加者に通報してもらってもいい。
落ち着け、大丈夫だ。まだ命を取られるって決まった訳じゃあない。
そう自分に言い聞かせると俺は男のアドバイスに従って眠った。明日は本当に命懸けの仕事になる。


明朝、ドーム内もほの明るい。もしかしたら外の明るさと連動させているのかもしれない。まだ少し微睡んでいる目で横を見ると男も俺と同じように壁に背中を預けて寝ていた。
ここ数日でクローンに対する色々な意見を聞いてきたが、こうして見るとやはり普通の人間と何ら変わりはない。
俺はふと、ハントが始まる前にこいつと話したくなった。肩に手を置いてゆらゆらと揺すると閉じていた目がスッと開き、特有の光の灯っていない黒目が現れた。
俺は元の位置に座ると男に語りかけた。

「突然起こしてごめんな、ちょっと君に言いたいことがあってな……」

彼はまだ眠気の抜けていないような目でこちらを見る。

「俺は昨日、君と話す前に別のクローンに取材をしててな。
そこで確信を持ったんだ、君らクローンには感情がある。教育されて押し込まれているだけだ。
君らはなぜ笑う、命令されるからか?違うだろう。好奇心か、本当は今の状況が楽しいんじゃないのか?
それとも生的な安堵感か。『人間』の俺と一緒にいる間はお前は殺されることが無いと思って安心しているんじゃ無いのか?」

「感情、俺たちにはないんだろう?なぜ今更そんな事を言う。俺たちはそう言われ続けてきた」

「感情なんてのは人が自身の気持ちの起伏を言葉に表しただけのものだ。明確な定義付けなんてされていない。
なぜ否定するんだ、『教育』されていないからか?
そんなものは忘れてしまえ。いいか、俺は分かったんだよ。君らは俺たちと同じ『人間』なんだ、ラノクロクが商品として都合が悪いから君らにそう思い込ませてるだけだ。
だってそうだろう。同じDNAを持ってて、同じ言葉を操り、同じ感情を持って涙するんだ。君らに足りないものなんて無い、そうだろう?」

「名前」

明るいというより、むしろ少し白い周囲の空間にポツリと呟きが響いた。

「何だって?」

「俺たちに足りないもの、名前だよ。俺たちは使い捨てだからな、名前なんて貰えない。
そこが唯一、俺は疑問だった。あなたは何て言うんだ。何て名前で生きて来たんだ」

「何なんだろうな、俺のこの言葉。何でこんな事を言ってるんだろう。だけどな、言う必要がある気がするんだ。
なぁ、あなたも教えてくれよ黙ってないでさ」

「あ、あぁそうだな。俺は安井 弘と言う。そうか、やっぱりな……。
俺は間違ってなかった」

言葉を継ごうとした時、ドーム内に完全に照明が灯った。一瞬、身構えた俺だが先程から徐々に明るくなっていた明かりに助けられた。というより、徐々に明るくなっていたのはクローン達の目を慣らすためなのかもしれなかった。

ガコォォォン

重たい鉄の音が響き、人の歓声が聞こえてきた。男が呟く。

「どうやら俺たちはだいぶ寝過ごしてしまったらしいな。始業の6時を回ったらしい。
覚悟しろよここから1日、補給はできない」

なるほど、6時までに俺たちは朝食を摂る必要があったらしい。しかも、ここから補給はないと来た。昨日から何も食っていない俺とこいつはすでに不利な状況にいるようだ。

ただまぁ、関係ないけどな。いくら格好が同じでここにいるからって参加者も同じ人間なんだ。クローンと人の区別くらいつくはずさ。こいつには悪いが俺はただ、呼びかければいい。「俺は人間だ、運営に連絡してくれ」って。


程なく銃声や人の走る音、怒声、金属音などで周囲がにわかに騒がしくなった。
俺たちの方にも複数、足音が近づいてくる。男はこちらの見張りを俺に任せたきり向こうに行っている。チャンスだった。
俺は参加者達の方へ躍り出た。

「撃たないでくれ!俺は人、事故でここに迷い込んだだけだ。嘘じゃない。運営に連絡してくれないか?
代わりに他のやつの居場所を教えるぜ?」

いくら何でも仲間を売る真似はしないと思うだろ。これで俺は安全にここを抜けられる。
あいつには悪いが俺ももう、限界なんだ。余裕のあるうちは綺麗事を言っていられたけれど、俺は人だ。死への恐怖心も当然ある。
いくらあいつらが人に近いものと確信していても、死への恐怖心が無いと分かってる以上、代わってもらうしか無いよな。
仕方ないよ、これが人だ。

だが、俺の説得も虚しく参加者達は適当なことを言い始めた。

「へぇ、最近のヤツは遂に嘘まで使い始めたか。しかも仲間を売るのも躊躇しない」

「いいねぇ、今までのヤツなら感情がない故に他の個体にも興味を示さずただただ1人で逃げてたんだけどね。ここへ来てラノクロクも製品の改良に乗り出したか。
飽きが来ないようになってやがる、ますます気に入ったぜ」

なに、何を言ってるんだこいつらは。クローンがこんな行動に出るわけないだろ、分かってるはずだろ。

「違う、辞めてくれ。俺は本当にクローンじゃないんだ。事故でここに紛れ込んでしまっただけで……。とにかく!運営に連絡してくれ、そうすれば全部分かる」

俺の叫びは彼らの肌の上を虚しく撫でていくだけだった。

「まだ言ってるぜ、まったく……。そんな事、俺たちがするわけねぇだろ。ただでさえハント時間は1時間しかねぇんだ。お前に何十分もかけてる時間なんて無いんだよ」

「事故でも何でもお前がそのツナギを着てる以上、俺たちはお前の事を一瞬でも人と疑うことはないと思え」

じっとりとした汗でツナギが張りつく。背中だけが不自然に冷たい、嫌な感触だ。

「分かったらさっさと逃げろ、逃げろ。俺たちとしても向かって来るヤツは嫌いじゃねえが、必死に逃げてくれる方がやっぱ良いからな。
足が動かねぇなら動かしてやるから」

ボンッと土を抉る音が足下で破裂した。威嚇射撃か、背中の冷たさが全身に広がって来る。
ハッとした瞬間に俺は一気に走り出した。あいつ、あいつがいるところまで逃げるしか無い。あいつなら上手い逃げ方を、撒き方を知ってるはずだ。
俺たちが根城にしていたマンションを右に一周、あいつらがとりあえず視界から消えたところでせり出した西階段を一気に駆け上がった。あいつはここの五階で見張りをやってるはず、合流して作戦を練らなければ。
だが、俺がそこに辿り着くことはなかった。

「やっぱりここか、苦労してここの近道探しといて良かったぜ」

三階階段の前で俺は先ほどの参加者集団の1人に行く手を塞がれた。隣の家の屋根から飛び移ってきたのか?
とっさに体を逆に回して逃げようとするが、遅い。心臓を狙ったのだろうか左二の腕に熱が広がった。ガクンと次へ踏み出す足が止まる。
と、下から凄い力で引っ張られ俺は二階まで引き摺り下ろされた。慌てて崩れた体勢を立て直して前を向くと、あのクローンの男が立っていた。
男はそのま俺の意思など関係なく左手を引っ張って走り続けると廊下の真ん中で飛び降りた。男の体が一瞬、下に消える。
ほどなく俺も男の後を追うことになった。左手を掴まれている以上、従う他ない。
落下後の覚悟していた痛みは無く、代わりにチクチクとした塊の上を俺は跳ねた。
下には庭木が植わっていたらしい。流石、ここで逃げ続けているだけはある。男は逃走ルートを熟知していた。

そのまま庭木の陰に息を潜めて俺たちは足音が遠ざかっていくのを待った。次にどこへ行くのかと問うと、今度はビルの一階に入るという返答が返ってきた。
ビルに来た参加者は通常、二手に分かれて上の階から制圧していき最後に挟み撃ちをするらしい。
それを利用し、男は一階で参加者を待って集団が分かれたのを待ってビルから逃げ出すという。

数分待っても足音は消えない。どうやら相手も、どこかにいる俺たちが出てきたところを狙い撃つつもりらしい。
俺たちは作戦変更を余儀なくされた。
多少危険ではあるが、という前置きの後男は庭木の下を腹這いに進み始めた。
幾ら上が葉で遮られているとはいえ、動くオレンジの物体など確実に目立つ。かなり危険な行動だったが黙々と進む男の様子に反論はできず俺も後に従った。
いつ上から狙い撃たれるかもしれない恐怖に怯えながら何とか庭木を抜け、それに続く隣屋との塀まで這い出した俺たちはそっと脱出、とりあえず成功。そのまま住宅街を走り抜けた。
だが、現実はそう何度も上手くいかない。通りを曲がった先には別の参加者グループが待ち構えていた。慌てて左右に散るも男の方は見られていたらしい。グループが一斉に右手に走り出す。

1人残された俺は突然のチャンスにしばし呆然とした、逃げられる。
そっとその場を離れ男の提案通りビルに向かうことにした。他に俺が上手く逃げられそうなところなんてなかった。

ガアァァン

目の前が唐突に光った。衝撃で眼鏡が吹き飛ぶ。生温かい水が頰を伝い、右手に広がる街は赤に染まる。
何テンポか遅れて鈍い俺の脳みそはようやく働き始めた。あぁ、俺は今撃たれたんだ。
そして気づく、何処からだ?
辺りを見回してもそれらしい影はない。取り敢えず視界を確保しようと思い、俺はぼやける地面をまさぐった。

「動くな、クローン」

冷ややかな声で命令された俺は動きを止める。また、見つかったらしい。しかも声の方向から俺の眼鏡を弾いたやつとは別人のようだ。
観念した俺は両手を挙げくるりと声の方を向いた。顔は良く見えないが大柄なシルエットが拳銃を2つ構えているのが見える。
再び男の声が聞こえて来た。

「ん?お前……。はは、世の中には面白い事が起きる物だな」

男の喋る感じが少し変わった。さっきの奴らはダメでもこいつなら見逃してくれるかもしれない。俺は再度説得を試みることにした。

「やめてくれ、俺は人間なんだ!信じてくれ。運営に連絡すれば分かる、頼む見逃してくれ。あんたも人を撃つなんて後味が悪くて嫌だろう?」

「さあなぁ、俺はそんな事に躊躇なんてしないしなぁ。それにそんな事をいちいち考えながらやる訳がないだろう?」

男の物言いに何か引っかかるものを感じたが、そんな事はどうでも良い。とにかく俺は生き延びたかった。

「頼むよ、本当に人なんだ。事故に遭ってしまって……」

俺がとうとうと語る中、男がボソッと喋った言葉に衝撃を受けた。

「分かってるよ」

え?と聞き間違いかと聴きなおそうとした瞬間、あの熱が今度は胸に広がった。弾が撃たれた方を仰ぐと、ビルの屋上に人影が見えた。

「スナイパー、ライフルか……」

俺の意識は一度、ここで途切れた。


「おいおい、お前がモタモタしてるからあいつがトドメを刺しちまったよ……。
まぁ顔見知りのよしみだ、運営には報告しといてやるよ。ハント場に人が居たってな。どうせそろそろ時間だし」

「あーあ、たった3人かぁ。こりゃあまたあいつに負けたな……」

 

俺が見つけた時、既に彼は血の海にいた。真っ赤な地面に男の体が異様に際立っている。
競技終了後のインターバル1時間、この時間を利用してラノクロクからの救助隊も来ている。
後ろには物騒な事に銃を構えた隊員も待機する、ラノクロクとしてもこれ以上の手違いはあって欲しくはないのだろう。
血まみれで倒れる男と俺を見比べて救助隊員は俺に問いかけてきた。

「昨日ここに入った記者の安井 弘さんですね?」

俺は黙って頷いた。本物の安井は倒れているにもかかわらず、だ。安井の言った通り確かに俺にも変化が訪れているのかもしれない。生存本能という奴だろうか、俺にもようやく死にたくないという気持ちが芽生えてきたのか。もしくはただ、組織の不利になる行動は取らないと教育されていたからか……。
と、担架の上で彼が薄く目を開いた。救助隊員は誰も気づいていない。
俺はそっと近づき救助隊員に聞こえないような低く掠れた声で彼に囁きかけた。

「代わりに、俺が生きる」

 

俺はこの言葉で遠のいていた意識を辛うじて撚りあわせてスッと男の方へ顔を向けた。

「ようやく、人間らしくなってきたじゃないか」

最後に俺はにっと笑って言ってやった。

 

虚を衝かれた俺は、またとつとつと考え始める。生存欲求が感情たり得るならば俺にも、俺たちにも他の感情はあるのかもしれない。
それに、今俺が彼に感じている気持ちは紛れもなく合理的な考えから至るものではないと確信している。

「ありがとう」

ふと不意に言葉が漏れた。あぁ、これが感謝というやつか。もしかしたら、彼から名をもらった事で俺に欠けていた何かが補われたのかもしれない。
そんな事を頭でクルクルと考えながら俺は救助隊員の誘導に従ってハント場の外へ出て行った。

 

 

ハント場を出てしばらく歩いたところで俺はふらっと店に立ち寄った。
やけにTVの音が煩い店だ、思わずそちらを見ると、さっきの騒動がもうニュースになっているようだった。

「速報です。クローン・ハントの施設内に人が紛れ込んでしまった事件で、ラノクロク社から救助隊が先程、被害者の安井 弘さん26歳を無事救助したと発表がありました。尚……」

俺には何も新鮮味のない事だ、直ぐに興味のなくなった俺はニコニコと客と喋っている店主に話しかける。

「なぁ、おっさん。何か温かい物ないか」

「おうよ、お客さん。おでんなんてどうだい?」

店主は俺がクローンだと気づきもしない、安井の言っていた事は案外当たっているのかもな。
俺は店主に先に渡された烏龍茶を飲みふっと安井の事を思い返した。